真夜中に誰もいない暗い橋を渡ることについて

きっと黄泉の国に通じているのだろう、と思えた。
真夜中。
街灯も無い、暗い橋。
辺りには誰もいない。車すら通らない。


私は一人、歩道をテクテクと歩道を歩いていたのだが、何も行儀良く歩道を歩く必要が無い、ということに思い当たり、静かに伸びる車道の真ん中を歩くことにした。中央線の白い部分を出来るだけ踏み外さないように進む。
歩いて来た方とこれから向かう先、橋のどちらを渡った先にも、灯りは見えているのだが、橋の上は不思議に暗い。足下からは水のゆるゆると流れる音がかすかに届く。おそらくは無意味に膨張した三途の川が、おそらくは怠惰にその境界を決定しているのだろう。


 行き先は黄泉の国じゃないよ。


声がした。いや、音はどこからも聞こえては来なかった。ただ、言葉が届いたのだった。
「なんだって?」


 今向かっているところは黄泉の国じゃない。黄泉の国ってのは神道の概念なんだよ。


「ふうん」
私は小さく鼻をすする。
「ここは三途の川じゃないのかい?」


 三途の川さ。三途の川だし、今向かっているところも君が想像している通りの所だよ。


要領を得ない。私は尋ねる。
「それが黄泉の国じゃないなら、一体なんて呼べばいいんだ」


 ただ、彼岸、と。


「単なる名前の問題か」


 単なる名前の問題さ。


ともかく話し相手がいるのは嬉しかった。真夜中の暗い橋は、独りで渡るには寂し過ぎた。
「三途の川って、想像してたのとは
少し違うんだな。こんな立派な橋があるとは思わなかったよ。車道まである。まるで国道じゃないか」


 今時渡し舟なんて効率が悪いからねえ。誰も乗らない。 皆この橋を高速バスで渡るよ。


「はは。情緒も何もあったもんじゃ無い」
中央線が途切れる度に、出来るだけ大股で次の中央線まで歩く。


 でも昔ながらのものもある。ほら、あそこ。


向こう岸を見ると、赤い巨体が鈍く光っていた。
「おお、あれ、もしかして」


 うん。


赤鬼は威圧的な音をどこからか立てながら、じっと仁王立ちしている。
「なんだなんだ、いるじゃないか。それっぽいのが」


 君が来た方にもいたはずだよ。子供達が石を積んでたはずだ。


「気が付いたらこの橋を渡ってたからなあ」
と、後ろから光が差し、車が一台、私のすぐ横を爆音をあげて通り過ぎて行った。それきり不思議な声は聞こえなくなった。
そのまま歩き続けるとやがて向こう岸に辿り着いたが、そこは何の変哲もない夜の町だった。川は当然のように三途の川などでは無かったし、赤鬼に思われたものはただの駐車場に止まる赤い車であった。
私はただふうん、と息を吐き、歩いて行くばかりだ。