夏のニーソックス

夏休みに入って間もないある夏の日の朝、クルミは制服にニーソックスという出で立ちで駅にいた。野生のニーソックスを捕まえに行くためだ。この時期のニーソックスは脂もノっていて繊維も良く締まっている、まさに旬と言える高級品なのだ。
「よっ!」
何時の間に現れたのか、アスカが横に立っている。アスカは100メートルのスプリントから長距離走までこなす陸上部のエースで、ベリーショートの髪としっかり引き締まった肉体が夏の太陽に眩しい。クルミは決して暗い方では無いが、アスカの底抜けの明るさの前ではそれも霞んでしまうのだった。そしてアスカの出で立ちもまた、制服にニーソックス。当然だ。この服装は彼女たちにとっての戦闘服に等しい。
「早く行こう。向こうに着く頃には大分暑くなっちゃうよ」
二人は駅の改札へ向かう。


二時間後、二人は群馬県N村の、人里離れた草原にいた。
「いた」
見つからないよう草むらに身を隠しながら、アスカが囁く。視線の先には夏の強い日差しの中、ニーソックスを身につけた生脚が草を食んでいた。
「でも、左脚だけ? 普通は両脚セットで行動するよね……」
「確かに変だ。何か事故で片方とはぐれたか、たまたま別行動をしてるのか……」
「ちょっと様子を見ようか?」
胸騒ぎを覚えたクルミが提案する。
「いや、どっちにしろ、一匹でいる今がチャンスだよ。二匹コンビになられる方が厄介だ。私が行く」
野性の眼になったアスカがクラウチングスタートの構えをとる。陸上部エースの本領発揮だ。スカートとニーソックスの間、絶対領域からエネルギーが迸る。空間とは即ちエネルギーである。放射性物質から膨大なエネルギーを取り出す核兵器のように、ニーソックスハンターは絶対領域からそのエネルギーを取り出すのだ。彼女たちにとってニーソックスとは脚を細く見せるファッションアイテムであり、狩るべき獲物であり、また最強のパートナーでもあった。
アスカの準備が完了するのを待ってから、ニーソックスの反対側に落ちるように、クルミが小石を放り投げる。ニーソックスの気を一瞬逸らすためだ。
小石は放物線を静かに描きながら回転する。束の間、場を静寂が包む。反対側の草むらに小石が落ち、音を立てた。それを号砲の合図に、アスカは力を解放する。短い破裂音。パッと草の切れ端が舞った、とクルミが認識した時には既に、アスカはニーソックスまであと数メートルというところまで疾走していた。
……いける! クルミは思わず拳を握る。アスカがすれ違いざま、ニーソックスに手を伸ばす。だがその指が触れる寸前、ニーソックスは体を捻り逃れた。
躱された! 二人がそう考えるのとほぼ同時、今度はニーソックスが襲いかかる。ニーソックススタンプ。まともに喰らえばまず骨折は免れない凶悪な踏みつけだ。だが恐るべき速度で繰り出されるその技を、研ぎ澄まされたアスカの神経は確実に捉えていた。腰を軸に身体をスピン、ギリギリのところで攻撃の方向を逸らし、さらには回転しながらニーソックスの足首までもしっかりと捕まえたのだ。


勝負は決着した。遠くから眺めていたクルミも息を吐く。やがてアスカが立ち上がり、暴れるニーソックスからニーソックスを剥がそうとしたその時!
背後の草むらからニーソックス(右)が姿を現した! そして絶望的なことに、既にニーソックス(右)は大技デスサイズを繰り出していたのだ。アスカはもはや避けることが出来ないことを確信する。
クルミの懸念が当たった。何故そうなったのかは分からないが、右脚は何らかの理由で左脚と別行動をとり、近くで様子を伺っていたのだ。まさか、こいつらにこんな高度な知能が? あり得ない話では無い。アスカは凝縮された最期の時間でこんなことを考え、そして死を覚悟した。


だが、その瞬間はいつまで待っても訪れない。デスサイズの切っ先が僅かに逸れ、アスカの髪先を数ミリ刈り取るだけに終わったためだ。クルミの蹴り放った超高速の小石がかろうじて軌跡をずらしていた。
アスカがクルミの方を見ると、そこには高速回転により旋風を纏った(もはや竜巻とでも言うべき大きさだった)クルミが猛然と飛来する。
「アスカ避けてええええ!」
意味を理解するが早いか、身を屈めるアスカ。次の瞬間、草原を暴風が襲った。


風が収まり、乱舞していた草の切れ端も落ち着くと、思い出したように夏の太陽が差し始める。二人の足下には動かなくなったニーソックスが一対、倒れ伏している。
「相変わらずクルミ旋風脚はとんでもないパワーだなあ……」
「ちょっとやりすぎちゃったかな……」
獲物からニーソックスを剥ぎ取りながら、恥ずかしそうに頭を掻く。見渡してみると、一帯は巨大なハリケーンが通った後のような様相を呈していた。
「でも助かったよ! クルミが助けてくれなかったら死んでたもんねー」
褒められてますます照れくさそうに笑うクルミ
「さ! 二人分だから、もう一組狩らないと!」
照れ隠しで話題を変えながらクルミは歩き出した。二人の冒険はまだ始まったばかりだ!