放エッグ線


帰り道、小雨の降る中スーパーへ行き、卵を一パック買った。袋はいらないと店員に言い、そのまま手に持って外へ出る。エコである。ウソである。
小雨は相変わらず降っている。さっきより強くなっている気もするが、不規則な雨粒に打たれながら僕は歩く。
なんだか妙な気分だ。この気持ちはなんだろうなあと考えながら歩く速度を上げた。なんだか落ち着かない。腹の奥から緩い警戒信号が発せられているような感覚である。なんだこれは。分からない。僕は大きく手を振り、ますます歩調を早める。さらに警戒信号が強くなった気がする。試しに立ち止まってみるといくらかマシになった。そして再び歩き出すと、また何やらざわざわした感情に襲われる。
この感覚はなんなのだろう。首を傾げながら歩いていると、ふと先ほど買った卵パックが目に入った。僕はパックを開け卵を一つ取り出し、手のひらに乗せてみた。
掴み所の無かった感情に輪郭線が生まれる。そのまま歩いてみると、いよいよ感触は確かなものとなった。ただ、この感情が何物であるかは未だ分からないままだ。
卵を前に突き出しながら歩く。卵は手のひらの上で不安定に転がり、僕は落としてしまわないかと不安になる。雨滴が卵の横腹に当たる。雨粒ぐらいじゃ割れない、分かっている。分かっているはずなのに。
はたと気付いた。僕には何かを守った、守ろうとしたという経験が無いのだ。この感情の正体が分からない理由が、守るという言葉の中にある気がした。心無しか手のひらの卵がさっきより重くなったように感じる。
卵は相変わらず雨に打たれながら、手のひらの上を不規則に転がっている。不思議な気分の正体が明らかになってくるにつれ、僕にはこの卵がどうでもいいものに思えて来た。衝動的に投げ上げてしまう。卵は白い放物線を描く。僕が慌てて落ちて来る卵を受け止めようとした時。


ピシ。


空中の卵にヒビが入った。殻の一部が剥げる。そして、僕は中にいる何かと目が合った。卵は落ちる。卵の中の小さな目。軽い瞬き。卵は落ちる。雨粒は、卵と共に。