ノイズ


4時前に起きる。半年ほど前から、生活を朝方に切り替えた。
入り込んで来る光は青く、未だ街が目覚めていないことを物語っている。
それでもこのあたりはかなり朝が早いのだけれど、と思った。
パソコンをスリープモードから復帰させ、音楽ファイルを開いた。
「test pattern」。
ノイズともビートとも言えないような音が、スピーカーから流れ出す。
窓際に置いてあるベッドに座る。カーテンは無い。
考え事をするには良い音楽だ、と思った。
ノイズじみた電子音は、頭の中を0と1に分解するような作用があるらしかった。
脳の中で凝り固まっている、言葉などというあまりにも不自然であまりにも不自由な塊を、砕き、引き剥がし、すり潰して、考素とでも呼ぶべき単位にまで分解してくれる。
言いたいことなんてそんなには無いし、と歌った彼女を思い出した。
大学時代のサークル。新入部員の演奏会で僕たちはバンドを組んだ。
彼女は見ているこちらが心配になるほど向こう見ずで、行き当たりばったりで、刹那的だった。
それっきり、彼女と同じバンドで演奏することは無かったが、僕は彼女の才能に思い切り嫉妬した。彼女は大学2年の夏に自殺した。
ノイズは続いている。テレビの電源を入れるが、すぐに消音モードにし、やっぱり消した。
昨日見たドレッドヘアーのファンキーなお姉さんは、いま何をしているのだろうか。
茂みに入って見つからなくなったボールは、今でもあの公園にあるのだろうか。
テキサスの荒野で死ぬのが夢なんだ、と僕が言った時のあの子の顔を思い出す。
ゲームソフトを返さないまま引っ越していったクラスメイトの顔を思い出す。
上京する前の日、おそらくもう二度と会わない人たちと飲んだ夜を思い出す。
皆、笑顔で、好き勝手して、最高の夜だった。
一人で歩く帰り道、僕は自分の顔を掻きむしった。こんな顔なんて引き剥がしてやりたかった。
僕は糾弾して欲しかったのだ。
お前は人間的に色んなものが欠けていると、突きつけられたかったのだ。
何でも良いんです。僕は。もうほんとに、何も要らないんです。
そう呟く僕に先輩はやさしく声をかけた。
知らないよそんなこと。掻きむしった傷は4日間残った。
目覚ましのアラームが鳴った。
ノイズはまだスピーカーから流れ続けていたが、青い光は消え失せていた。