ルーレット7


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状況が理解出来ない。鉛のような瞼を必死に持ち上げる。ガンガンガンという金属音が耳障りで腹が立ってきた。
「何やってるんですか瀬戸さん」
瀬戸がほんの少し緑がかった瞳をこちらに向ける。美人だ、と思った。そして同時に空虚だ、とも。
「ちょっと待ってて。皆が起きたら話すわ」
無表情に言い放たれたその言葉に既視感を覚え、一瞬頭がクラリとする。しかし僕はそのことについて深く考えないようにした。嫌な予感というものはいつだって、それを予感しているということすら認めたくないものだ。
肩を叩いて、隣で寝ている青目を起こした。青目は瀬戸が持っているものを認め、戸惑いと疲労と恐怖のこもった瞳をこちらに向けた。ほとんど独り言のように「しまった」と小さく言った声が聞こえた。
「皆起きたわね」
青目が最後だったらしい、見ると村山と高橋も目を開けていた。
「姉ちゃん、こらどういうことな」
村山が非難がましく口を開く。
「私は飛び降り自殺は美しくないと思うの」
村山の口から、は? という疑問符が漏れる。
「だって必ず死ねるって分かりきってるじゃない。同じ理由で電車に飛び込むのも美しくないわね」
急速に空気が重くなっていく。雨の音が低くなった。
「死ぬかもしれない、という行為をして、結果的に死ぬということが重要なのよ。生物は可能性に生きているの。可能性を失ってしまうことは生物ではなくなってしまうことと同義。自殺する前に生物でなくなってしまったら、死ぬことなんて出来なくなる。自殺は本来生きるためにするものよ。違うかしら?」
口を溶接されてしまったようだ。誰も喋らない。
「私ね、実はこのバスに乗って自殺しにいくところだったのよ。深い森に入って、さまよい続けて、力つきてばったり倒れたら、そのまま死ぬの。私の死体は森の動物達が食べてくれる。素敵でしょ?」
突然高橋がひいっ、と声を上げた。何故かは分からなかった。
「というわけで、これからロシアンルーレットをやります」
一瞬言葉の意味が分からなかった。これから、ロシアンルーレットを、やります? 誰が? 主語が無いじゃないか。そこまで考えて、ようやく僕は自分が悪夢の中に戻ってきてしまったことを理解した。
「大丈夫大丈夫。もう弾も込めて準備はしてあるわ。もちろん最初は私がやるし、最後も私がやるから。言い出しっぺは3分の1。あなたたちは6分の1。公平でしょう?」
「ちょっと待ってよ!意味が分からない!死ぬんなら一人で死んでよ!私たちを巻き込まないで!」
我慢出来ない、といった様子で青目が立ち上がり、悲鳴に近い声をあげた。が、瀬戸はそんな青目のことなど全く意に介さず、ケタケタと乾いた笑い声をあげながら銃口をこめかみに押しあて、当然のように引き金を引いた。



もう何度目か分からない。銃声が耳を刺した。