公園の中にある家の話


モニターに顔を埋めながらキーボードを叩いていると、涼しい風が入ってきた。僕は顔を上げて窓を見る。先ほどまで凪の状態であった池にさざ波が立ち、青緑の水面に映る雲が形を変える。
「シグレ」
廊下でなにやらゴソゴソやっているシグレを呼んだ。
「シグレ」
彼女は僕の声が耳に入らないほど夢中になっているようだったので、もう一度、今度はすこし大きく、はっきりと呼ぶ。その声に気付いたシグレが、ずりずりと這って部屋に入ってきた。シグレの腹が通った部分には、わずかな光沢のある跡が残る。
「いい加減歩けば良いのに」
僕は苦笑いをして彼女の脚を掴む。
「骨もしっかりしてる。もう歩けるだろ?」
シグレは僕の目から視線を離さないまま首を横に振る。
「それはウソだ。シグレはこの前歩いてた。見たんだよ」
シグレはなおも首を振る。
「まあいいや、おいで。ここは風が気持ちいいから」
僕があぐらをかいて膝を軽く叩くと、シグレはテコテコと歩き、あぐらの上にストンと座った。僕はまた苦笑いをしたが、ちょうど風が入ってきたので目を閉じる。シグレの柔らかい髪が僕の顎を撫でた。


シグレには16人の兄弟がいたが、シグレを残してみんな死んでしまった。そのほとんどは事故であったが、僕が死なせてしまったも同然の弟や妹もいた。シグレは僕のことを恨んでいないのだろうか。指先に固いものが触れる。気孔だ。シグレはここから呼吸をする。僕が気孔のふちを触っていると、シグレがこちらを振り向き、じっと見つめている。


大丈夫、塞ぎやしないよ


そう言おうとしたが、なぜか声が出なかった。
カタン、と軽い音がした。郵便受けに何かが入った音だ。僕はシグレをどかし、立ち上がった。玄関へ向かうとシグレも歩いて付いてきた。それを見て小さく笑いながら郵便受けを開ける。
入っていたのは、差出人も住所も書かれていないストライプ柄の封筒だった。子供の字で表に大きく「ラブレター」と書かれている。思わず周りを見渡すと、小学3年生ぐらいの男の子が曲がり角を走っていく影が、一瞬だけ見えた。シグレはニヤニヤしている僕を不思議そうに見つめる。
「シグレ、これはどうやら君宛てのようだよ」
シグレは僕が差し出した封筒をまるで高価な宝石のように受け取ると、目を丸くしたまま固まった。
「開けてみたら?もう字も読めるだろ?」
僕の声で金縛りが解けたように、封をしているシールを慎重にはがす。中に入っていた便せんもストライプ柄だった。シグレは便せんを広げ、書かれていた文字を声に出して読んだ。
「すきです」
シグレはニヤニヤしている僕も気にせずに、便せんを目の前に広げたまま家の中に入っていった。
「すきです」「すきです」 繰り返す。
その後を慌てて追いかけた僕は、シグレが廊下で何をしていたかを知った。廊下の壁に無数に描かれた青い丸を見て、30分後に叱ってやろうと思った。