ファインディング自分


青。黄色、黄色、黄色、黄色、黄色、黄色。赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤。青、



信号灯は明滅を続けながら、規則的に色を変化させていく。人気の無い国道沿いには唐突にテーブルがあって、僕はそこで慣れないコーヒーを飲んでいる。
「何をしてるんですか」
人の声に驚き振り返ると、いつの間にか若いバックパッカーが立っていた。
「いえ、ちょっとコーヒーを」
「コーヒーお好きなんですか」
「いや全く」
僕は何も言っていないのに、バックパッカーは反対側の椅子に座り、勝手に喋りだした。
「自分探しの旅をしているんです」
「自分探し、ね」
「そうです。本当の自分を見つけるんです」
「それで結局、本当の自分のように見える張り子を作り上げておしまいにするわけですか」
「何を言っているんですか」
「その張り子は肥大し続け、破裂した時に初めて気付く。本当の自分なんてものはいなかった、と」
「そんなはずは無い。きっとどこかにいるはずだ。腹が立ってきた。失礼します」
バックパッカーは乱暴に席を立ち、肩を怒らせて去っていった。僕はそれを黙って見送る。感慨は無い。
「またコーヒーを飲んでるんですね」
振り返ると、今度は中年のバックパッカーが立っていた。しかもよく見ると、たった今去っていった男である。
「ええ、コーヒーは嫌いなんですが」
バックパッカーはまたも同じ椅子に座った。
「あなたの言った通りでしたよ」
「え」
「本当の私なんてものはいませんでした。怒っている時の私や笑っている時の私、全部まとめて私だったのです」
「はあ」
「でも一つ分からないことがあるのですよ。本当の私なんてものがいないとしたら、今話している私を突き動かしているものは一体なんなのでしょう」
「つまりあなたは、この期に及んでまだ、自分というものが本当にあるとお思いなわけですね」
「だって、嫌でも私はここにあって、あなたと話をしているじゃないですか」
「それは錯覚です」
「そんな馬鹿な。ならば私を私たらしめているのは何だというのですか」
「あなたは夕日に照らされた長い影を見て、大きくなった大きくなったとはしゃいでいる子供のようです」
「分からないですね。失礼ですがもう行きます。それでは」
バックパッカーは席を立ち、また去っていった。コーヒーがまずい。
「こんばんは」
振り返ると、老人のバックパッカーが立っていた。やはりたった今反対側へ去っていったはずの男である。
「そこ、座ってもよろしいですか」
「駄目です」
「そうですか」
バックパッカーは気にする様子も無く話し始める。
「あなたの言っていた意味が、ようやく分かりました」
「はあ」
「自分なんてものは無い。あるのは光に照らされた影だけなのです」
「ふうん」
「影は光によってどのようにも姿を変える。私達はその一時の形をみてかろうじて、自分というものの輪郭を認識しているのです」
「ほお、それはそれは」
「あの時あなたが言いたかったのはそういうことではないですか」
「ええ、まあ、そうですね」
「それはよかった。これで私は満足です。ありがとうございました」
バックパッカーは丁寧に礼を言い、杖をつきながら去っていった。僕は、あの人いつまでバックパッカーやってんだろう、と思った。