夏のアーケードに雨

ほんの少し目を閉じていた間に、太陽が雲に隠れたらしい。樹木や雑草に覆われた共同墓地は薄暗くなり、やや湿り気を含んだ八月の風が吹き始めた。少し早い夕立が降るのかもしれないな、そう考えて彼女の方を見た。彼女も同じことを考えていたようだ。小さく笑うと、じゃ、帰ろっか、と言った。


商店街に入ったあたりでもう一度湿った強い風が吹き、そのあとすぐに大粒の雨が降り出した。慌てて近くの商店の軒先に逃げ込む。
「ちょっと濡れちゃったね」
「うん」
控えめな花柄の入った彼女のワンピースが風に少し揺れている。雨はいよいよ土砂降りになり、歩いていた人達も皆どこかの軒先で雨宿りをしている。道を歩いているのは、ずぶ濡れになって開き直ってしまったのか、夕立を楽しむかのように悠然と歩く少年だけだった。
「もし自分が死んだら、葬式をしてもらいたいと思う?」
僕の唐突な質問に彼女は少し驚いたような顔をしたが、ちょっとだけ迷って、それから答えた。
「・・・うん、思いっきり派手なやつ」
「ふーん、僕はどうだろう。分からないんだ。立派な墓を作ったからいつでも死ねる、とか、自分が死んだ後はこういう葬式をしてくれ、とか言う人達の気持ちが分からない。自分が死んだ後に入る墓のことなんて考えても意味が無いじゃないか」
「あら、じゃあ葬式やお墓なんていらないって言うの?」
「うん、僕の遺灰なんてどこかに撒いちゃってさ、すぐに忘れてくれたほうが良い」
お互い無言になり、しばらく水滴がアスファルトに打ち付ける音だけが響いた。二人とも、雨粒が跳ねる様子をただ眺めている。
「葬式やお墓は、死んだ人のためじゃなくて生きてる人のためにあるのよ。きっと」
「え?」
今度は彼女が唐突に喋り出した。
「しっかりと葬式をやって、きちんとお墓に納めたら、もうここまでやったんだからいい、って思えるでしょ。そろそろ自分の楽しいことを考えても良いって。私、お墓は謝る場所だと思う」
「謝る場所?」
「今まで忘れててすみませんでした、って。たまに来て思い出すぐらいで良いのよ。遺灰を撒いちゃったりしたら謝りようが無くなっちゃう。そしたらいつまでも死んだ人のことを考えてなくちゃいけないじゃない。そんなの、苦しいよ」
「…うん、確かにそうかもしれない」
「だから多分、自分の死んだ後のことを考えてる人は、残される大切な人のことを考えてるんだと思う。そして段々忘れられていくの。自分が忘れられる方法を考えている。…それが一番自然だから」
「…そうだね。とても悲しいことだけど」
「うん。とても、悲しいことだけど」
雨の勢いが弱くなった。この時期だというのに、少し濡れてしまったせいか寒い。このままでは夏風邪をひいてしまうかもしれない。


僕は仕方なくトランクスとジーンズを履いた。