冬のレストランに蟹

「大切なのは、このオシャレでおいしいカニのクリームパスタと、私が今から何時間後かにひねり出すウンチが、消化管で繋がってるってことね」
「は?」
およそレストランの雰囲気にそぐわない言葉。みどりは思わず間抜けな声を出す。
「これって世界の本質を表していると思わない?」
「言ってることが全っ然分かんないんだけど」
翔子がため息をつく。
「つまり、綺麗なものと汚いものは繋がってるってことよ」
「…はあ」
「ヨーロッパの美しい町並みとテロで破壊された中東の瓦礫の山は地続きだってこと」
みどりはこの友人に浮いた話が全く無い理由を、改めて思い出した。
翔子は昔からこうだ。いきなり黙り込んだかと思うと、周りのことなどお構いなしにわけの分からないことを言う。
「…どうでもいいけどさ、そんなこと考えながらご飯食べて楽しい?」
「楽しい楽しくないの問題じゃなくて、大事なことでしょう? 宇宙の真理を見つけようとすることは」
「まあいいけど…ってあれ、先輩じゃない?」
みどりの言葉に翔子が振り返ると、みどりの部署の先輩、カニ三郎が店に入ってきたところだった。先輩、とみどりが手を振ると、こちらに気付いて歩いてくる。カニ三郎は知的で人柄もよく、違う部署にいる翔子も知っている程の人気者だ。顔もハンサムで、甲殻類独特のゴツゴツした皮膚はいつもピカピカに手入れされている。
「やあ、偶然だね。えっと、君は確か…」
経理部の翔子です。もしかして覚えていてくれたんですか?」
「人の顔と名前を覚えるのは得意なんだ」
泡をブクブクと吹きながら答える。みどりは、うっとりとした目でカニ三郎を見つめる翔子に気付いて、うっかり吹き出しそうになった。残念だけど、その恋は実らないわよ、とみどりは思った。まだ翔子は知らないが、カニ三郎は先週婚約したばかりなのだ。下から二本目の右腕に光るエンゲージリングには気付いていないらしい。スマートで美しい、笑顔の優しい女性だった。
「あ、もしかして外、雨降ってます?」
みどりが、カニ三郎の髪が濡れているのに気付いて尋ねた。
「うん、急に降ってきて少し濡れちゃってね」
「大変。私のハンカチを使って下さい」
ここぞとばかりに翔子が前に出る。しかしカニ三郎がそれをハサミで制した。
「いや、大丈夫。…でもさすがに寒いね。ちょっと温かくしなくちゃ」



カニ三郎は素早くトランクスとジーンズをはいた。