よるのロボット


よるのロボットが最初にみたのは、一面に広がる満天の星空でした。
遠くでトラックが走り去る音が聞こえました。
よるのロボットは、どうやら出荷される途中、何かの拍子でトラックから転げ落ちてしまったようでした。
製造番号SGG-09221-521137。これがよるのロボットの名前でした。
よるのロボットは、自分の仕事はなんなのか、頭の中を探し始めました。
それはお客様が購入してから各自でご設定されるものです、という答えが見つかりました。
よるのロボットは立ち上がり、辺りを見渡しました。
見渡す限りの砂漠に、一本の国道が通っているだけの寂しい風景です。
仕方が無いので、よるのロボットは両肩のライトを点灯させ、トラックが走り去った方向へ歩き始めました。



たまに猛スピードの車が通ります。



しばらく歩くと、自転車と、その横に座っている若者がいました。
人間が喜ぶようなことをしなさい、という声がどこからか聞こえてきました。近づいて話しかけます。
「おや、はぐれロボットかい。珍しいね」
若者には右腕がありませんでした。左腕には工具を持っていました。
「ちょうどよかった。この自転車のパンクを修理してくれよ。片腕じゃあ上手くいかないんだ」
よるのロボットは困りました。よるのロボットには自転車の情報がまだ入力されていなかったのです。それはやはり購入した客が設定するものだったのでした。
「ん? もしかして修理出来ないのかい? 参ったな」
若者はガッカリした様子で頭をぽりぽりとかきました。よるのロボットはその様子をみて決心をしました。左腕を使って器用に右腕を取り外しました。そして若者に差し出します。
「くれるの? 僕に? いいの?」
よるのロボットはうなずきました。 若者の右肩に腕を取り付けます。


「君も乗せて行ってやりたいけど、重たすぎて無理だな」
自転車を修理した若者が残念そうに言います。よるのロボットはスチールカーボン製の体をふるわせ、首を横に振りました。
「それじゃ。本当にありがとう」
若者は去って行きました。片腕になったよるのロボットはまた歩き出します。



コヨーテの遠吠えが聞こえました。



しばらく歩くと、地面をキョロキョロと見回している女性を見つけました。女性は、誰かが近づいて来るのを見て恐ろしくなりましたが、それがロボットだと分かると、なんだ、という風にまた地面を見回しはじめました。よるのロボットは話しかけます。
「いろいろあってね、今日のお昼、このあたりに大事な指輪を投げ捨てちゃったのよ。車の中からね」
それからさらにいろいろあって、今こうして指輪を探しているのだ、と女性は甲高い声で語りました。
女性はライトも持っていなかったので、よるのロボットは肩のライトを取り外し、女性に渡しました。
「あら、ありがとう。一緒に探してくれる?」
しばらく探していると、あった、という声が聞こえました。
「あったわ。よかった。本当によかった」
と、一台の車がやってきて止まります。女性は親し気に駆け寄り、そのまま車に乗り込んで去って行きました。
車がすっかり見えなくなると、辺りはまっ暗になりました。
よるのロボットは眼のレンズをナイトモードに切り替え、また歩きはじめました。



流れ星の多い夜でした。



しばらく歩くと、血まみれで倒れている男を見つけました。近くには電柱に突っ込んでメチャクチャになった車があり、そこから這い出た後が残っています。どうやら事故のようでした。
よるのロボットは話を聞こうとしましたが、男はうめき声をあげるばかりです。男の体はひどい有様でした。左腕はどこかへ飛んでいってしまっていて、両足もかろうじて形を留めているだけでした。
よるのロボットは緊急用のプログラムを呼び出し、男の手当を始めました。
自分の両足を取り外して男の足に取り付け、全ての手当が終わると、左腕も取り外し、取り付けマニュアルと一緒に男の隣に左腕を置きました。男は静かに眠っています。
よるのロボットは移動モードをキャタピラモードに切り替え、また歩きはじめました。



またコヨーテの遠吠えが聞こえました。



しばらく歩くと、ぼんやりと立ち尽くす老人を見つけました。よるのロボットが話しかけます。
「わしは目が見えないんじゃが、杖が折れてしまっての」
よるのロボットは、すぐに自分の眼をあげようとしました。しかし老人は怒った顔で言います。
「わしはいらんよ。それはお前さんが使いなさい」
よるのロボットは困りました。ロボットは人間が困っていたら助けなければならないのです。よるのロボットは老人が眼をもらってくれるよう、必死に頼みました。よるのロボットのあまりの必死さに、老人は悲しい顔をしました。
「…分かった。その眼をわしにおくれ」
眼の取り付けが終わると、よるのロボットはまた歩き出しました。老人が尋ねます。
「どこに行くんじゃ?」
僕を購入してくれたお客様のところへ行かなければなりません、とよるのロボットは答えました。その時老人がどんな顔をしたのか、よるのロボットには分かりませんでした。


しばらく歩いていると、よるのロボットは道路のひび割れで転んでしまいました。起き上がろうとしましたが、腕が無いので上手く行きません。よるのロボットは仰向けになったまま動けなくなってしまいました。
眼から映像信号が送られて来ないので、今はもう満天の星空は見えません。しかしなぜかよるのロボットには、それでもなお夜空一面の星の瞬きが見えるような気がしてなりませんでした。


コヨーテの遠吠えが聞こえました。