夢想生命論


僕はフワフワと当ても無くさまよい、交差点をこえ公園に入った。そこで若いカップルらしい男女を見つけた。僕は尋ねた。
「こんにちは」「あらこんにちは」
「あのう、ちょっと聞きたいんですが」「なにかしら?」
「僕は誰なんでしょう?」「まあ変な話ね」
「君が誰かって?」男のほうが言う。
「君は君さ。今、考え話している、君自身さ」
「僕は僕自身…」なんだか釈然としない。
「あなた、名前は?」今度は女のほうが言う。
「ありません」「名前が無いなんて変よ」女は続ける。
「名前が無いってことは存在してないってことになるんじゃないかしら」
「でも僕は実際にここに存在しています」「う〜ん…」
どうやら答えは出ないようなので、礼を言ってまた浮かびだす。
もっと人生経験を積んだ人ならもしかしたら分かるかもしれない。そう思いながら僕はふらふらとただよう。気がつくと立派な日本家屋の前に来ていた。
中に入っていくとおばあさんが部屋の一つで寝ていて、家族が泣きそうな顔をして周りに座っていた。どうやら最期の瞬間ってやつが迫っているらしい。
僕はおばあさんに話しかける。
「こんにちは」「おやこんにちは」
「こんな時になんですが一つ聞いてもいいですか?」「なんだい?」
「僕は誰なんでしょう?」「変なことを聞くねえ」
周りの家族たちが、おばあさんがおかしくなったと騒ぎ出した。
「そうだねえ…あなたなんだかつかみどころないし、幽霊みたいだねえ」
「幽霊?」「そう、なんだか懐かしい「想い」みたいなものを感じるよ」
「それは誰の「想い」ですか?」「う〜ん…」
「戦争で死んだ私のお姉ちゃんか、二年前に死んだ主人か…」
「僕はそのどちらかなんでしょうか?」「…」
おばあさんはそれきりしゃべらなくなった。家族の騒がしさの質が変わった。その場を離れる。
僕は誰かの「想い」なのだろうか…またふわふわとただよっていると、今度は泣き声が聞こえた。生まれたばかりの赤ん坊の声だ。こういうことは逆に何も知らないほうが答えを知っているのかもしれない。話しかけた。
「こんにちは」「?」
「ちょっと聞いていい?」「なにを?」
「ぼくってだれなんだろう?」「ぼく?」
「そう、ぼく」「ぼくってきみ?」
「?」「ぼくってきみのこと?」
「ぼくはぼくのことさ、ぼくってだれ?」「ぼくはきみじゃないよ」
「きみがぼくじゃないのはしってるよ。ぼくがだれなのかしりたいんだ」
「きみのぼくはぼくじゃないけどぼくのぼくはぼくだよ」
訳が分からなくなってきた。こうなったら人間以外の生き物に聞くしかないかもしれない。僕が少し念じると、体が小さくなっていく。密度が高まって圧縮されていく感じだ。ふと横を見るとネズミがいた。ネズミに聞いてみる。
「こんにちは」「…」
「ちょっと聞いていい?」「なに?」
「僕って誰なんだろう?」「…」
「僕ってだ…」「キミは僕を食べたいの?」
「食べたくない」「じゃあキミはおいしい?」
「多分食べられないと思う」「じゃあいいや」
そういってせかせかと走り去ってしまった。なんなんだ。
僕はさらに小さくなることにした。どんどん小さくなって原子や分子たちが見えてきた。そこら中を水分子やら窒素分子やらが勝手気ままに飛び交ってはぶつかり合っている。こいつらに至っては話をすることもできなかった。
どけどけどけ いてっ ガツーン ビューン ベリッ ベタッ ヒュン 邪魔だよ うおー ベタベタ バラバラバラみんな自分が飛ぶのに夢中で話を聞いてくれない。しょうがないのでさらに小さくなろうとしたとき、体の中で何かがはじけるのが分かった。
次の瞬間、僕は爆発するように大きくなっていった。どんどん大きくなっていく。さっき話したネズミが見えた。赤ん坊が見えた。おばあさんの家が見えた。交差点に面した公園が見えた。僕はさらに広がっていった。海が見えた。僕のいた島が見えた。地球全体が見渡せるようになったところで、地球に僕のことを聞いてみようと思ったが、僕が広がるのは止まらず、すぐに地球が小さくなってしまったのであきらめた。僕はどんどん広がる。太陽系が眺められるようになると、次の瞬間には銀河を見渡せるぐらいになった。それでも爆発は止まらない。
僕の膨張が止まった時、僕が話せる相手は誰もいなくなっていた。地球なんてもはや小さすぎて見えないし、ほかのどの星も僕と話せるほど大きくはなかった。超銀河団さえ、今の僕には米粒より小さくしか見えないのだ。
これではもう僕がだれなのか聞くことができない。僕が途方に暮れていると、何かが僕に話しかけてきた。
「こんにちは」「?」
「こんにちは」「こ、こんにちは」僕は聞く。
「あなたはだれですか?」「僕は宇宙です」
「宇宙」「そう、宇宙そのものです』
「そうか、まだ宇宙とは話せたね」「ふふふ」
「ちょっと聞いていい?」「いいですよ」
「僕は誰なんだろう?」「あなたは」宇宙は答える。
「あなたはエネルギーです」「エネルギー?」
「そうあなたは誰でもない。ただのエネルギー」
「僕はエネルギー…」なにかがカチッとはまる。


そこで目が覚めた。変な夢。