ぼくはくま


ぼくはくま
ぼくはくまだ。
何故くまなのかと尋ねられても答えようが無い。ぼくはくまだからだ。それ以上どう説明しろというのだ。それとも、例えば人間なら、あなたは何故人間なのかという質問の答えを持っているのだろうか。それにもし人間が答えを知っていたとしてもどうにもならない。ぼくはくまだからだ。くるまじゃないよ。くま。
それにしてもおかしいのはこの公園の人間達だ。随分と落ち着き払っている。向こうでサッカーボールに群がっている子供達なんてぼくのことなんて気づいてもいない。人間ってやつは、檻の中に入っていないくまを見ると慌てて逃げ出すと聞いていたのに。
ぼくは近くの道路を歩いているサラリーマンの前に立ちふさがってみた。少し驚いているようだけど、怖がってる感じじゃない。手を挙げて脅かしてみる。ぼくはくまだぞー!!
「はは、何これ。ドッキリ?」
カチンときた。と分かった時にはもう右手で思い切りぶん殴っていた。しまった。喧嘩は嫌なのに。可哀想なことしちゃったな、と頭が無くなってしまっただろうサラリーマンに目をやって僕はぎょっとした。頭が無いどころかまるで平気そうだ。それにものすごく怒っている。
「何すんだてめえ!」
腹と顔に一発ずつ。ぼくはあまりの痛みに悶絶して倒れ込んだ。サラリーマンはそのまま悪態をつきながら歩いていってしまった。


あれは噂に聞く「熊殺し」って奴に違いない。ぼくはベンチに座って、まだ痛む顔をさすりながらぼんやり考える。それにしても強い人間もいたもんだなあ。よりによってそんな人間を殴っちゃうなんてぼくはついてない。かなわない相手には近寄らないのが一番だ。出来れば同じぐらいの力の相手が良い。例えばエビフライだ。ぼくのライバルはエビフライだ。
足下にサッカーボールが転がってきた。
「おにーちゃーん、ボール蹴ってー!」
サッカーをしていた子供達がこっちを見ている。全然ぼくをくま扱いしないことにまたカチンときたけど、こんどはこのボールに怒りをぶつけることにした。ぼくはくまだ。サッカーボールが上手く蹴れるはずが無い。あさっての方向に飛んでいったサッカーボールを見て泣き叫べば良い。ふはは。
上手く蹴れた。それどころかサッカーボールは鋭いカーブを描いて見事に子供達の足下に落ち、すげー!と叫ばせた。違う。ぼくが欲しかったのはそういう叫びじゃない。


しょんぼりしながらブランコに乗り、漕ぎながら歌を歌う。ぼくはしゃべれないけど歌える。今一番言いたいことを歌にすることにした。


ぼくはくま。くま。くま。
しゃべれないけど歌えるよ。
ぼくはくま。くま。くま。
冬は眠いよ。くま。くま。くま。
ぼくはくま。くま。くま。


悲鳴が上がった。おしゃべりをしていたお母さん達が、慌てて自分の子供を引っ張って公園から逃げていく。やった!ぼくの想いが伝わったんだ!うれしくなって思わずブランコから飛び降りる。穏やかな昼下がりから一転パニックになったその光景を見て、ぼくは誇らしい気持ちになる。そうだ。ぼくはくまなんだぞ!
その時、大きな影がぬっと現れた。振り返ると、なんというか、大きくて茶色い生き物が居た。こいつの前世はきっとチョコレートに違いないぞ。茶色い生き物が立ち上がって吠えた。ばああああふ!!体中に生えた太い毛がブルブルと震える。目がキラキラしている。
もしかして。ぼくは思った。もしかして。ぼくよりかなり高い所にある顔を見上げて聞いてみた。



きみはくま?