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何も無い。何も無いのだった。
椅子の上で脚を抱え、くるくると回っているといつの間にか下が上になっていて、天井を転がり回っている有様だ。
窓の外は真暗で、どうせこの部屋の外には何もないのだろう、と私は考えた。壁を歩いて窓枠に手をつきしっかりと覗き込んでみる。なるほどこの部屋は中空にこつ然とあり、遥か眼下に黒々と大海原が広がっているだけのように思えた。しかしさらに注意深く闇の中を見つめていると、遠くに橋のようなものを見つけた。
橋のようなものはこちらに近づいて来る。もしかすると、橋ではなくこの部屋の方が近づいているのかも知れない。どちらにしてもどちらでもいいことだった。
近くに来てみると、橋のように見えていたのは崩落した高速道路の一部である事が分かった。私にはそれが滑走路のように思えた。
部屋が路面スレスレを飛行する。私は何も考えずにドアを開け、次の瞬間には道路に降り立っていた。部屋はそのまま遠ざかり、やがて不意に、唐突に、余韻も何も無く消滅した。
廃水の匂いがする。私は空気を胸一杯に吸い込み、吐き出す。さてどうしよう。腕を組んだ。風の音しかしない。