夜に闇虫

 窓の外にはぽつりぽつりと街灯が立ち、その周囲だけが鈍く闇の中に浮かんでいる。私はオーディオで緩やかなジャズを流し、ソファに腰掛けたが、何だか自分の今の状況が酷く不幸な気がして堪らなくなり、すぐに音楽を止めた。
 眼を閉じる。しばらく瞼の裏を眺めた後、ふと思い立って私は懐中電灯を手に取った。
 窓のそばに立つ。懐中電灯を外に向けてスイッチを入れようとして、怖くなって思い留まった。照らした先に何も無かったらどうする? そこにあるべき地面すら見当たらなかったらどうする? それは、とても恐ろしいことだ。当てた指でスイッチを軽くなぞる。背中を走る尖った悪寒を押さえつけ、電灯を点けた。
 果たして光は何事も無くやや下にある地面にたどり着いた。闇虫がザザザと円形に去り、アスファルトが現になる。私は確かにアスファルトが在る事を確認し、明かりを消す。またすぐに闇虫が辺りを覆った。
 私は堪らなく不幸であり、その私の少し下には確かに地面がある。私と不幸と地面はただ存在するだけで、相互には何らの関係性も無いのだった。各個それぞれの間には限りなく透明な川が流れており、どうしようもなくそれぞれは離れている。
 部屋の中央にうずくまり全ての明かりを消す。開いていないはずの窓から瞬く間に闇虫が流れ込む。全ての壁という壁、全ての家具という家具、全ての私という私に闇虫は這い上がって来る。やがて何も見えなくなり、私は眼を閉じた。無数の闇虫が私の身体をカサカサと這い回る。この闇虫も、私とは、何の関係も、無い。私と這い回る闇虫との境界に、私は彼らとの無関係性を感じた。
 時間を飛ばそう。眼を開けると既に夜は明けていた。闇虫に覆われていた壁紙には朝日が当たる。あれほどいた闇虫は全て移動してしまったらしい。立ち上がりゆっくりと伸びをする。と、部屋の隅、テーブルの影に一匹、移動し損ねたのであろう闇虫を見つけた。逃がしてやろうと窓を開け放ってみたが、なかなか出て行く気配が無い。仕様がないので、私は窓を開けたままカルピスを買いに部屋を出た。